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2019. 06. 08  
20190608心の泉会
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2019. 05. 12  
マタイによる福音書5章13-16節
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味は付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置くものはいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のとのすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を世に照らしなさい。人々があなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

・伝統的には、「あなたがたは地の塩世の光である」というこの言葉は教会に連なるひとりひとりであり、また「教会」のことであると読まれて来た。また「立派な行い」ということからキリスト者の倫理的行動を促す言葉でもあった。そのままスライドさせて読めるものだろうか?
・イエスは誰に「あなたがたは地の塩・世の光である」と呼びかけられたのだろうか?
この5章からの山上の垂訓と呼ばれているところ全体が、4章の終わりを受けている。4章の終わりを見返すと、このイエスの言葉は、イエスの評判をきいて集まった「いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など」(4:24)であった。その人たちに「あなたがたは地の塩・世の光」と呼びかけられた。
・「塩」「光」の貴重さを思いたい。塩は岩塩。人間、塩と水があれば生きていけるというのは古代であろうが変わらない。変わらないというか、食うに困る人にとっては塩の貴重さはより身にしみてわかっていたろう。
その当時の光の貴重さ。一部屋だけの家の真ん中に燭台を置くと家全体が照らされる。
病気の人は「律法を守れない者」として差別され、隅に追いやられていた。その隅においやられていた人たちに対してイエスは「あなたがたは地の塩・世の光」であると言われた。隅に追いやられているべきではなく、むしろ律法というものが真っ当なされるためにあなたたちが必要であり、あなたたちが隠されることなく真ん中にいるべきなのだと言われた。
・相模原の津久井やまゆり園事件のことを思う。新聞記者・神辺金史さんの話(息子が自閉症)。報道で被害者のことが語られなかったことで、被疑者の言葉ばかりが反芻され、悪意だけが定着してしまった。被害者のことが語られるべきだった。
・イエスが現代におられるとしたら、いや、今も生きて働いておられるイエスが「地の塩・世の光」と呼びかけられる人をどれだけ私たちが自分たちの中心におくことができるか、イエスから問われている。残念ながら、現代の教会ではそれができていない
2019. 05. 11  
心の泉会20190511
2019. 03. 14  
3月14日木曜日、5回目の精神科受診でした。

なかなか勤務や説教準備の兼ね合いで服薬できてないことを伝えました。
「週に一度『この日は休む』ということができたらいいんだけど・・・」なんてことを言われました。

また、この間の「自分の気持ちの狂い方がこわくてまたなんかやらかしそうな気がする(実際はもう少し具体的)」なんてことを伝えたら
「なんかとんでもないことをしてしまうと思ってらっしゃるんですからね。とんでもないことをすると冷静に判断されているからかかられたんですね。なんかやっちゃう人はもう警察のお世話になってますから。」
という趣旨のことを言われ、つくづくいい医者だなと思いました。
その辺の「気持ちの狂い方」の病理は発達障害由来なのかまたは生育歴からなのか(はたまた両方なのか)発達検査をした後にいちど判断しようということになりました。

今回は3回目、4回目の処方分がまだまだ残っているので処方はなし。
診察代が1600円でした。

1月21日かかったときに「そろそろ心理検査を・・・」となりまして予約しました。
たまたまその日キャンセルがあって、4月6日(土)になりました。
キャンセルがなかったらどれくらい待たされてたのだろうと、この病院の人気の高さを思わされました。

そういう兼ね合いもあり、次回診察は4月4日(木)9時から。
心理検査入る前に診察です。
2019. 03. 09  
20190309心の泉会
プロフィール

爽歌*sayaka

Author:爽歌*sayaka
1984年北海道某市にて出生。2015年に某神学校卒業。
2015年4月からある教会に副牧師として着任。2018年転任し、按手礼を受ける。
牧師のほかに福祉関係の仕事に従事しながら「僕仕」の道を歩み続ける。

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